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FP長谷尾「一日一言」植林 文化人類学者 上田紀行

ある一瞬すれ違っただけなのに、その後の人生で何回も何回も思い出す人がいる。

20代の大学院生のぼくがスリランカで悪魔祓(ばら)いのフィールドワークをしていた頃、町の大衆定食屋に日本人とおぼしきおじいさんがいた。どうしてこんなところに?

植林ですよ。会社員やってきて、定年後は苦労かけてきた妻と悠々自適の人生と思ってたんだけど、嫁さんがすごく不機嫌。なんであんた毎日家にいるんだって。いやあ、ショックですよ。オレ、邪魔者なんだって……。そしたらね、海外シルバーボランティアで「スリランカの植林」っていうの見つけて、庭いじりが好きだからできるんじゃないかと。それで応募したら通っちゃった。

でもね、知らない国の田舎の村で植林。最初はひとりではげ山に苗木を植えてた。孤独な作業。そしたら若者たちが声かけてきて。じいちゃん何やってるんだ?って。じゃあオレたちも手伝うよってね。いやあ感動しましたよ。でね、任期が終わって帰るときに、「で、じいちゃん、次はいつ戻って来るんだ?」って。そう言われたら、帰ってこざるをえないよね。高校の同窓会とかで講演して、「あなたの浄財でこの山が緑になるんだ……」とか言うと、けっこうお金集まって、それで苗木買ってスリランカに来ると、若者たちがよう帰ってきたなって、また大歓迎してくれてね。

ぼくが生きられるのはあと10年くらいかもしれないけど、夢があるんだよ。次はあの山に植林して緑にしたい、その次は……ってね。君は若いけど、夢はあるかい?

何回も何回も、思い出す。      (日経新聞 あすへの話題  2022年3月2日)