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FP長谷尾「一日一言」第3志望の人生もまた楽し 作家 逢坂剛

コロナの渦中にあって、大学進学や就職で新たなスタートを切る若者たちは、期待に胸をふくらませていよう。とはいえ、なかには事志しと違って、志望した大学や会社にはいれなかった人も、少なくないはずだ。しかし、落ち込まないでほしい。

わたしは中学、高校の6年間勉強もそこそこに、学友たちと遊びほうけて、気楽な学生生活を送った。その結果、当然ながら大学受験で苦杯をなめ、第3志望の大学に甘んじた。それでもこりずに、大学では野球やギターにかまけて、またもや遊び回った。予想どおり、就職試験で大手新聞社、出版社にはねられ、これまた第3志望の広告会社に、なんとか拾ってもらう始末。

ところが、当時大学の校舎は御茶ノ水、勤務先の広告会社は神田錦町で、いずれも神田神保町の古書街とは、目と鼻の先の距離にあった。さらに大学、会社ともにのどかな校風、社風でまことに居心地がよい。おかげで、勉強も仕事も楽しくこなしながら、古書街をせっせと歩き回って、充実した神保町生活を送ることができた。

思えば、大学も就職も第3志望に甘んじたおかげで、わたしは本と親しむ環境に恵まれ、作家になったといってよかろう。希望がかなわなくても、もともと置かれた状況に不満を抱かず、その中で最善を尽くすという、楽天的なたちがさいわいしたようだ。最善とは、その時どきの課題を楽しくこなしながら、自分の好きなことに邁進(まいしん)する、単純な生き方をいう。

恩恵よりも、弊害の方が多いIT社会にあって、ひとさまに迷惑をかけずに、自分らしく生きられれば上々、と思っている。  日経新聞 あすへの話題 2022年2月24日